2014年07月26日

式神使いの安陪晴明(あべのせいめい)

seimei1[1].jpg

陰陽道(おんみょうどう)をひらいたのは、賀茂忠行(かものただゆき)、その弟子には安陪晴明(あべのせいめい)というすぐれた弟子がいた。陰陽道は、晴明によって発展したのだった。

安陪晴明が忠行のもとに弟子入りして間もないころ。忠行が夜おそくに牛車で出かけたとき、晴明が徒歩でお供をつとめた。ところが、途中で晴明は牛舎の前に鬼たちが近づいてくるのに気づいた。そのとき忠行は眠り込んでいたので、晴明がただちに師匠を起こし、二人は隠形の法で姿をかくし、助かることができたという。

そのころ、ふつうの人は鬼神の姿が見えないので、知らずに知らずに鬼神にふれて病気になるといわれていた。この事件以来、賀茂忠行は安陪晴明を実の子同様にかわいがり、自分の秘伝をすべて授けた。

当時の文献では、安陪晴明が式神という見えない鬼を自由に操っていたと伝えられている。晴明が式神に命じると、雨戸が上下に動いたり、門が開閉されたりした。

寛朝(かんちょう)という僧が、ある日、安陪晴明を自分の家に招き、晴明の力を試してやろうと考えた。そこでみなの前で、「お前の式神を使って人を殺すことができるのか?」と晴明にたずねた。

すると晴明は、「それはわけないことだが、人を殺すことはできないので庭にいるカエルを退治してみせましょう。」と答えた。そして、草の葉をとって、それに何かを語りかけた。呪文をつけた葉を投げると、そのカエルはひっくり返り死んだという。当時の人たちは、強い呪力を持った晴明を恐れた。

posted by すみれ at 17:57| 運命 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。