2014年04月14日

オーラの素顔 美輪明宏の生き方



美輪明宏さんの幼少時代の複雑な家庭関係からシャンソン歌手としての下積み時代、三島幸雄、赤木圭一朗、寺山修二などの華麗な有名人との交流。天草四郎の前世、霊能者として、最愛の恋人を亡くした話など。波乱に満ちた反省を徹底取材で解き明かした評伝!

~以下引用文~
美輪の霊能力の評判は、彼が30代の頃から芸能界で知れ渡っていた。1970年(昭和45年)、35歳のとき、美輪はカナダ大使が住んでいた都内の古い洋館を買い取り、一軒家で暮らし始めたが、そこはたちまち「心霊相談所」と化していったのだ。
口コミで評判を聞いた文化人や芸能人などが美輪邸を訪れ、悩みを打ち明け、霊視による判断を仰いでいた。美輪は休日を返上してボランティアで相談に乗り、一人を霊視するのに夜の9時から明け方の4時まで時間を費やすこともあったという。
だが、あまりに依頼が殺到したことで美輪は疲労困憊し、自宅を開放した形の心霊相談は止めにした。それでも、一部の人たちの相談は引き受けてきたという。第6章でも書いたが「神様から救済を指示された人たち」(美輪)のみを相談の対象としてきたのである。
美輪は瀬戸内寂聴との共著の中で、そのあたりの経緯を明かしている。以下に紹介したい。
<(霊に対して)何もかも見えてあんまり辛いんで、「見えないようにしてちょうだい」って神様にお願いしたんです。そうしたら、ぴたっと見えなくなった。
ところが、どっこい、見たくないものでもお役目を授かると見せられちゃうんですよ。この人は嫌いだから助けたくないと思っても、体が上からぐっと鉄の爪で押さえつけられたみたいに苦しくなって、「お役目致すか、致さぬか」と言われちゃうわけです。で、しょうがないから、「します」と答えると、体がふっと楽になるんですよね。>
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オーラの素顔 美輪明宏の生き方 (講談社+α文庫)
ラベル:美輪明宏
posted by すみれ at 15:46| Comment(0) | 美輪明宏 | 更新情報をチェックする
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